引退したリプニツカヤが指導者として氷上に復帰。次はコーチでオリンピック出場?

摂食障害で話題となり2017年9月9日に引退したロシア元女子フィギュアスケート代表のユリア・リプニツカヤが指導者として氷上に戻ってきました。「コーチにはならない」と引退した時のインタビューで断言していたため、周囲を驚かせています。

ソチオリンピックに出場した時の元ロシア代表選手とともに「チャンピオンズアカデミー」を結成し、ロシア国内で活動はすでに始まっているようです。

ユリア・リプニツカヤの主な経歴

主要な国際大会で優勝するなど、彼女の経歴だけを見てもフィギュアスケートを代表する選手であることを証明しています。強豪ロシアを代表する選手だったのですが、実力も経歴も十分にありながら、19歳という若さで引退。

片足を頭上にあげ、上体をそらしながら、スケート靴のブレード(刃)を持つビールマンスピンという技があります。しかし、リプニツカヤはその柔軟性から足首を持ちこのスピンをしていました。彼女はこれを「キャンドルスピン」と自ら命名しています。

現行のオリンピック出場基準でオリンピック最年少記録、15歳249日での金メダリスト。

【主な経歴】

●2011年
└ジュニアグランプリファイナル-女子シングル(ケベックシティー):金メダル

●2012年
└世界ジュニア選手権-女子シングル(ミンスク):銀メダル

●2013年
└世界ジュニア選手権-女子シングル(ミラノ):金メダル、グランプリファイナル-女子シングル(福岡):銀メダル

●2014年
└欧州選手権-女子シングル(ブダペスト):金メダル、世界選手権-女子シングル(さいたま):銀メダル、ソチオリンピック-団体戦:金メダル

 

リプニツカヤの引退までのストーリー

ロシアフィギュアスケート連盟は公式サイトにリプニツカヤのインタビューを掲載。

引退までは1ケ月、2ヶ月、3ヶ月で決めれるものではなく、もっと長い時間を考えての引退という結論に至ったと語っています。

ロシア国内ではかなり騒がれていたようで、テレビ番組には勝手に父親と名乗る人が現れたり、若い男性との交際が噂され、それが引退につながったのではないかと疑われることもありました。リプニツカヤはそれらを否定し、自身の摂食障害が引退の原因だと明かしています。

また、イスラエルで治療を行い始めた1週間後に携帯電話を盗まれたことを明らかにしています。しかし、それがかえってストレスの原因ともなっていた自身に関するゴシップやネットの情報を遮断することになり、健康を取り戻すキッカケとなっています。

引退直後はいろんなオファーを受けていたため、人生の岐路に立っていると考えていました。彼女は大学に進学し、しっかりと勉強して将来的にはスポーツマネージメントをしたいという思いがあると胸中を語っています。

最後に

早すぎる引退と言われていますが、確かにフィギュアスケートの選手は選手としての期間は短い印象があります。今回、リプニツカヤと一緒にフィギュアスケート養成機関「チャンピオンズ・アカデミー」を結成したのもソチオリンピックでともに戦ったアイスダンスの23歳の選手、ペアで活躍した23歳の選手です。

世界の主要な大会に勝ってきた選手でさえも19歳で引退するというのは、ロシアフィギュアスケート界の層の厚さを表しています。

平昌オリンピックで金メダルに輝いたザギトワ選手、銀メダルだったメドヴェージェワ選手もロシアを代表するトップスケーターですし、幼少期の頃からトップの指導を受けれる環境が強い選手を生み出し続けているのかもしれません。

しかし、ロシアのフィギュアスケート代表というのはリプニツカヤにとって非常にプレッシャーだったようです。選手の成績が一人歩きするのではなく、選手たちのメンタルケアも今後は課題になりそうです。

リプニツカヤは今後、各地でアカデミーを開催する予定です。オリンピックを目指せる選手を指導するかどうか明確な回答はしていません。しかし、今後の活躍する姿を見てみたいファンは多いのではないでしょうか。

 

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